文化庁メディア芸術祭

第21回
功労賞

Special Achievement Award

田宮 俊作

実業家

プロフィール

1934年、静岡市生まれ。58年早稲田大学卒業後、父が経営する田宮商事に入社。木製模型の企画、設計に携わるが、欧米からのプラスチックモデルの流入といった危機の中、木製からプラスチックを素材とした模型製造への大転換を果たした。68年には世界中の玩具メーカーが集まるニュルンベルク国際玩具見本市に初出展、品質世界一を旗印に以来51年連続出展を続けている。早期にカスタマーサービス部門の設立を指示するなど、模型の品質管理に努め、タミヤブランドの向上を果たしてきた。また、小松崎茂、上田毅八郎、高荷義之といった時代を代表するイラストレーターを起用し、プラモデルの顔となる箱絵をパッケージ装飾という役割を超えて発展させ、ボックスアートと呼ばれる絵画様式を成立させた。このボックスアートは近年、国内の美術館を巡回する展覧会が開催される程に至る。1994年より静岡模型教材協同組合理事長に就任。毎年5月には静岡ホビーショーを開催し、地元経済の活性化にも寄与している。2005年デザイン・エクセレント・カンパニー賞受賞。17年よりタミヤ代表取締役会長・社長を兼務。著書に『田宮模型の仕事』『田宮模型をつくった人々 伝説のプラモ屋』(ともに文春文庫)などがある。

贈賞理由

世界で高い評価を得ている日本のプラモデル。その草創期から業界を牽引してきたのがタミヤである。劇的な描写のイラストを箱絵に用いてつくり手の想像力を喚起したり、ロゴマークを積極的に活用するなどパッケージのトータルな魅力づくりを行なう一方、組立を通してモチーフの構造を理解できる、「玩具」を越えた「模型」の思想を徹底して追求したのが同社を率いる田宮俊作である。この「魔法の箱」は世界や物語と接続する「メディア」として機能し、現在活躍する多くの技術者やアーティストの、クリエイティビティの源泉ともなっている。(工藤 健志)

竹内 オサム

マンガ研究者/同志社大学教授/マンガ家

プロフィール

1951年、大阪府生まれ。本名、竹内長武。大阪教育大学に入学後、マンガ研究を志す。卒業論文のテーマは「『鉄腕アトム』におけるアトム像の変遷」。75年同大学の大学院に進学、修士論文「手塚マンガにおける映画的手法の研究」で修士号を取得。日本で本格的なマンガ研究の分野を興そうと、80年に研究誌『児童漫画研究』を創刊、のちの『ビランジ』までその意志を引き継ぐ。大阪国際大学をへて現在同志社大学社会学部教授。大学では児童文化とマンガの研究に従事、とりわけ手塚治虫マンガの研究をメインとする。著書に『手塚治虫論』(平凡社、1992)、『戦後マンガ50年史』(筑摩書房、1995)、『手塚治虫ーアーチストになるな』(ミネルヴァ書房、2008)、『マンガ表現学入門』(筑摩書房、2005)など。編集・監修に『マンガ批評大系』(平凡社、1989)、『マンガ文化 55のキーワード』(ミネルヴァ書房、2016)、『マンガ・アニメ文献目録』(日外アソシエーツ、2014)などがある。1997年にマンガと児童文化の評論研究誌『ビランジ』を創刊し現在41号に至る。また、手塚治虫に名づけてもらった「おさ・たけし」なるペンネームでマンガ作品も発表している。

贈賞理由

ここでは挙げられない多くの評論、マンガ研究書を上梓されているので検索していただきたい。しかもそこではほとんど触れられていないが、発表の場を持たない数多くの「マンガ・児童文化研究家」らに門戸を開いた自費出版同人誌『ビランジ』を20年以上前から「無料・送料のみで配布」という奇特な作業を、現在41号まで発行し続けている功績を称えたい。この『ビランジ』寄稿者から例えば丸山昭『トキワ荘実録』、橋本一郎『鉄腕アトムの歌が聞こえる』などの名著が世に出たのである。竹内オサム氏の「陰の功労」こそ本「功労賞」にふさわしい。(みなもと 太郎)

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