文化庁メディア芸術祭
第21回

マンガ部門

大賞

ねぇ、ママ

池辺 葵 [日本]

© Aoi Ikebe(AKITASHOTEN)2017
作品概要

母の残した洋裁店でその人だけの洋服を作り続ける『繕い裁つ人』(2009-15)、26歳の独身女性が運命の物件を探す『プリンセスメゾン』(14-)など、これまでさまざまな女性の生き方を描いてきた作者の短編集。本作には巣立ってゆく息子を持つ母親の思いが空回りする「きらきらと雨」、修道院に暮らす2人の少女の物語「ザザetヤニク」、骨董屋の店主をしている独り身のおばあさんと少女の交流を描いた「夕焼けカーニバル」など、「母」をモチーフにした7つの物語が収録されている。本書には実際の家族としての母だけでなく、修道士、家政婦、旅先で出会った老姉妹、近所のおばあさん、ママになることに憧れる少女など、誰かの「母」的な存在となる人物が登場する。彼女たちはみな理想の母親像ではなく、愚直で、凡庸で、時に狡猾であるが、それでも優しく温かな愛を持った存在として描かれる。それぞれのストーリーは緩やかに繋がり、「母」の愛も人と人の繋がりのなかで周囲の人々に伝播してゆく。時折大きなコマで描かれる広々とした風景は、登場人物たちを包み込み、少ないセリフと大きな余白、柔らかな明暗のついた絵によって、読者には深い余韻を残す。

贈賞理由

甘やかなものを想起させるタイトルだが、本作で描かれるのは、母あるいは子の不在だ。これまでも“ひとりであること”を描き続けてきた池辺は、それを決して不幸だとは言わない。当人にしかわからない、そこにある(これから訪れる)幸せを示す。そして母たち(大人たちと言い換えてもいい)に、“あなたはひとりでも大丈夫だ”と称え、力強いエールを送る。子どもたちへのエールは少し違っている。母の不在を抱える子には、他人の大人を寄り添わせるのだ。作中で、日頃から「人は誰もいずれ一人になるんだ」と話す老女は、母に出奔された少女が施設へと入る直前、彼女を抱きしめ、こう言う。「お前はなんていとしい子だ」。“あなたはひとりだけれど、ひとりではない”―池辺の、子どもへのあたたかなまなざしを象徴するような美しいシーンだ。池辺作品は最終選考にもう1作、思春期の少女たちを描いた『雑草たちよ大志を抱け』(審査委員会推薦作品)が入っており、自著同士が最後まで競ったことも明記しておきたい。(門倉 紫麻)


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